本と輪 この3冊江國香織さん(作家、詩人、翻訳家)が選ぶ安西水丸といえば、思い出す3冊

本と輪 この3冊

江國香織さん(作家、詩人、翻訳家)が選ぶ

安西水丸といえば、思い出す3冊

2021年4月30日

江國香織(作家、詩人、翻訳家)

1964年東京都生まれ。1992年『こうばしい日々』で坪田譲治文学賞、『きらきらひかる』で紫式部文学賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞、2010年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞、2012年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞、2015年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞を受賞。小説以外に、詩作や海外絵本の翻訳も手掛ける。

1
『アマリリス』 安西水丸

安西水丸さんといえば、わたしにとっては、もう何といっても『アマリリス』なのだ。何度読み返しただろう。ニューヨークに住んでいた若いころの日々をモチーフにした短編集で、一編ずつがまるで彼の絵のように、静かで明晰で、けれど曇り空の温度で含羞をはらみ、控え目ですうすうと涼しい。言葉が、質量ともにこんなに飾らず精確に使われている小説を、私は他に知らない。若いということの自由さと寄るべなさが、胸のなかに雪みたいに降ってくる。

2
「海の方から」 安西水丸 ※『銀座24の物語』所収

短編アンソロジーのなかの一編だが、「銀座へは海の方から入る。」という冒頭の一文だけで、水丸さんだとわかる。そんなことが一体どうしてできるのだろう。そういえば、『すいかの匂い』という本の表紙絵を描いていただいたとき、水丸さんが描かれたのは切ったすいかの半月形の線で、ごくシンプルな、すいかと言われれば誰もが描きそうな赤と緑の細い線で、それなのに一目で水丸さんの絵だとわかる風味と品があって驚いたのだった。文章でもそれができるんだな、このひとは、と、しみじみ感心してしまう。

3
絵本シリーズ『セーラーとペッカ』 ヨックム・ノードストリューム

この五冊の絵本を安西水丸さんが御存知だったかどうかはわからない。でも、きっとお好きに違いないと勝手に想像している。この風通しのよさ、この風合い、この色使い、この愉しさ。作者のヨックム・ノードストリュームはスウェーデンの現代美術家で、この五冊が彼の唯一の絵本作品であるらしい。元船乗りのセーラーと犬のペッカの暮しぶりについて、ペッカの手にこのコップは大きすぎやしないかとか、ジャクソン夫人の家の壁紙は元の色の方がよくはないかとか、水丸さんと話してみたかったなあと思う。

(出典)ブックリスト「本と輪 この3冊」vol.9 2021.4

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