本と輪 この3冊須永朝彦さん(歌人)に聞いた美しき歌集3冊

本と輪 この3冊

須永朝彦さん(歌人)に聞いた

美しき歌集3冊

2021年6月4日

須永朝彦(歌人)

1946年、栃木県生まれ。少年時代より、古典文芸や近代短歌に親しむ。1966年、塚本邦雄に兄事。1971年、『鉄幹と晶子』を刊行。1977年、『定本須永朝彦歌集』。『就眠儀式』、『天使』など、小説作品も執筆。1983年、坂東玉三郎主演『メディア』(松竹・日生劇場)の台本を担当。幻想文学への造詣も深く、『日本幻想文学史』や『日本幻想文学全景』などの著作がある。また、古典作品の翻刻、現代語訳も手掛ける。2021年5月逝去。

1
『塚本邦雄歌集』 塚本邦雄

廿歳の春、塚本先生より兄事を許された。短歌以外の文藝全般、旧漢字・旧仮名に通じてゐた為か。まづ第六歌集『感幻樂』の、続いて『塚本邦雄歌集』の編纂制作を任ぜられた。湊合歌集の方は先生の御要望を容れて綠一色の端正な装幀を心懸けた。幸ひ好評を博し、亦先生も「表紙のスペードのジャックが効いてゐるね」と仰つたので休心した憶えがある。「出窓には匂ふ忍冬、すぎ去りし戀にはゆかりなく鳴るボレロ」「金管樂器はたと息絶えひるがほの花花 男性のうちなる女性」「空蟬のうちに香もなきかなしみの充つるを天に向けし繪ひがさ」

2
『朱靈』 葛原妙子

25歳の折、塚本先生から「湊合歌集を葛原妙子さんに届けるやうに」との指示を受けて訪問、これが敬愛措く能はざる昭和最高の歌人との交遊の端緒となつた。歌集制作には独特の気難しさを以て対ふ方で装幀も全て手がけられた。迢空賞を受けた此の集も扉の集名を朱色で印刷。後記に「歌とはさらにさらに美しくあるべきではないのか」云々。座談も世知を蔑して痛快無類。「黄金は鬱たる奢りうら若き廢王は黄金の部屋に棲みゐき」「わが椅子の背中にとまる白天使汝友好ならざる者よ」「暑熱微茫 破屋に幼兒イエズスは赤き柘榴の實もて遊びき」

3
『未青年』 春日井建

春日井さんは屡々(しばしば)お名前を〈健〉と誤記される由、「人でなしの〈建〉なのに」と仰つて微笑まれた。1966年秋、塚本先生が名古屋にて内輪に持たれた集ひの折の事、山中智惠子さん、松田修さんも同座。歌の別れを告げて間もない頃で未だ若々しく美しく拜された。帰り際にあの伝説の歌集『未青年』を頂戴して感激。書名は著者の造語。豪華ではないが仏蘭西装の瀟洒な装幀、表紙のコクトー風の絵は著者の筆、作品と相俟つて爽やか且つ昏いエロスが漾ふ。「声あげてひとり語るは青空の底につながる眩しき遊戯」「十代のわが身焙られゆくさまを灯せばつめたく鏡はうつす」

(出典)ブックリスト「本と輪 この3冊」vol.5 2019.6

SHAREこの記事をシェアする