1995年に開設されて以来十余年、当世田谷文学館は、世田谷の恵まれた特性を尊重し、それにふさわしい業績を積みかさねてきました。
武蔵野の昔ながらの自然の名残りをとどめる地区、静かな品格ある住宅地、時代に即応した商業活動を展開する街が、絶妙な調和を作りだしている土地。明治の徳冨蘆花を先駆として、現在に至るまで、じつに数多くの文学者・芸術家が居を構えたという事実が、取りもなおさず世田谷の文化的な風土の質の高さを証明しています。文学館のような施設を設けるのに、これほど適した土地はないとさえ言えるかもしれません。
そう考えると、世田谷文学館の果たすべき役割の大きさに、あらためて思いあたります。まず、世田谷にゆかりのある文学者・芸術家の多彩な仕事の真価を、いっそう広く深く探求する使命があります。また、数多くの知的な関心の高い方々のご要望を汲んで、広く文学、文化一般を対象にして、未知の特質と魅力を探る試みに積極的に取りくむ必要もあります。そうすることによって、地域から寄せられる期待に応えるとともに、地域の枠を越えて、新しい文学的・文化的な成果を広く発信する拠点にもなり得るはずです。
そのような使命と役割を十分に果たすためには、いたずらに高尚な狭い文学、文化の枠のなかに閉じこもったりしてはならない、これは申すまでもありません。美術、音楽、映画、演劇などさまざまな領域にも柔軟に視野をひろげるのはもちろん、とくに時代の新しい動向にたえず注目し、つねに門戸を開く用意を怠ってはならないこともよく承知しております。
以上、いろいろ申し述べましたが、考えてみると、これは初代佐伯彰一館長のもと、関係者すべて一致して努力し、相応の成果をあげてきた目標でもあります。今後もそれを継承しつつ、時代の歩みにあわせて深化と発展を図りさえすれば、健全な運営の道はおのずから開けると考えております。
この機会に、ますます多数の皆さまのご支持、ご協力をお願い申しあげます。
世田谷文学館名誉館長 菅野昭正
世田谷文学館は、「世田谷固有の文学風土を保存・継承し、まちづくりの活性化に寄与することをめざす文学館」、「区民の文化交流の場と機会をつくりだし、新たな地域文化創造の拠点をめざす文学館」を基本理念として、1995年に東京23区では初の地域総合文学館として開館しました。