悲しみの太宰 6-3
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太宰は「葉」で、あたかも肩慣らしのように心中事件の内実を提示したあと、「晩年」八作目に収められた「道化の華」でその内実をあからさまに告白する。前章での引用を繰り返す。
僕はこの手もて、園を水にしずめた。僕は悪魔の傲慢さもて、われよみがえるとも園は死ね、と願ったのだ。(「道化の華」以下同)
詩と真実の一致という観点から見ると、太宰が、すでに、語るに語りえない、という迷いを払拭していることがわかる。だが、それ以上の真実にどう向きあうべきか。太宰が、文章の練り上げにほとんどこだわりを見せず、ほとんど一筆書きのような書き方をしたのは、素材のもつ威力を、すなわちこの「四日」の稀有なる時間を、最大限効果的に利用したいと考えたからにほかならない。
太宰はしかし、この「四日」を記録するにあたって、「葉」とは大きく異なる常套的な語りのスタイルを採用した。ところが、そこで悶着が生じた。「心中事件」の語り手としてだれがふさわしいか、という問題である。第三者(葉蔵)に語りのすべてを託してしまうことで、事件そのものが放つアウラが失われてしまうことを怖れたためか、語り手をめぐる混乱は、最後まで解決されることなく終わった。
では、「道化の華」における物語の「核心」とは、たんに「心中事件」の内実を記述することによしとするものだったのだろうか。
問題は、太宰が、何度か口にしている「雰囲気のロマンス」にある。彼ははじめ、「ぐるぐる渦を巻いた雰囲気」を梶示し、それを解きほぐす作業を念頭に置いていた。
ところが、物語が進むにつれ、徐々に自分がめざしている「雰囲気のロマンス」の雲行きが怪しくなってきた。物語は、なかなか「核心」にたどりつこうとせず、むしろ拡散の気配を見せはじめたのだ。
僕は後悔している。二人のおとなを登場させたばかりに、すっかり滅茶滅茶である。
そればかりか、物語が「核心部」に進めば進むほど、本来的な作家の「私」が、物語の表面へと執拗に接近しはじめた。物語自体は、「私たちのことは気にかけず、からだを大事にして」というひと言を残して去った園の「つれあい」の「美談」(「人間のあきらめの心が生んだ美しさ」)で閉じることも可能だった。だが、「道化の華」の物語は、そのときすでに「雰囲気のロマンス」へと確実に重心を移しつつあったのだ。
この小説は混乱だらけだ。僕自身がよろめいている。(つづく)