2026年04月
悲しみの太宰 5-2
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昭和一二年三月、太宰は、この碧雲荘で妻の初代の身に起こった密通の事実を知る。太宰の友人の画学生、小館善四郎が自ら告白したのだ。太宰と初代の二人はまもなく「お互い身の結末」を図るべく、群馬・谷川温泉への心中行に出る。だが、結局のところその目的を果たすことなくそれぞれに帰京し、その後二人は離別の道をたどることになった。その道行きを赤裸々に語った作品が「姥捨」と題する短編である。
「あやまった人を愛撫した妻と、妻をそのような行為にまで追いやるほど、それほど日常の生活を荒廃させてしまった夫と、お互い身の結末を死ぬことに依ってつけようと思った。早春の一日である。」
太宰の過去に通じている読者で、この書きだしに胸をおどらせない者はいないのではないか。事実、二人は、「厳粛に身支度をはじめた」とある。だが、死地にたどり着くまでの二人の行動は、作者の真意を疑いたくなるほど不気味に散文的である。荻窪のアパートを出て、駅に近い質屋で一五円を手にした二人は、新宿の薬屋や三越デパートで大量の睡眠薬を入手し、車で浅草まで行く。浅草では、活動館で「荒城の月」を見、すし屋に入り、漫才館で「あはは」と笑い、やがて上野駅に着く。駅の構内で妻かず枝は、「モダン日本の探偵小説特輯号」を、夫の嘉七は、「ウイスキイの小瓶」を買い、新潟行き二二時半の汽車に乗りこんだ。行き先は、谷川温泉。二人が死地に選んだ場所は、嘉七がかねて目をつけておいた駅からほど遠からぬ杉林の木立の中にあった。
私の脳裏で、雑多に連想が沸き起こる。この、心中事件のプロローグともいうべき心中行のなかで、嘉七=太宰は、一体何に思い巡らせていただろうか。たとえば、活動館の暗闇で、明日に迫った心中の光景が、一種のフラッシュバックのようにして脳裏を駆け抜けることはなかったのか。あるいは、この心中行が未遂終わることを見越して、それをどうプロットに盛り込めばよいか、となどといった邪念にかられた瞬間はなかったのだろうか。
いずれにせよ「姥捨」の物語に、悲愴なロマンティシズムの陰りを見ることは困難であり、これが果たして実話なのか、それとも、事実を大胆に加工した私小説なのか、読者は一様に怪訝な気分に落とし込まれる。かりにそれが後者であると仮定した場合、その作為性は、どのような意図に発するものだったろうか。印象的なのは、どこまでもあっけらかんとした書きぶりである。嘉七の妻かず枝の裏切りは、彼女自身にとってさえほとんど無意味であるかのような、あるいは作家みずから女性におけるその種の経験をハナからみくびっているかのような書きぶりである。他方、かず枝の言動の一つひとつには、「ヴィヨンの妻」の最後のセリフ、「私たちは、生きていさえすればいいのよ」に通じるしたたかさが感じられる。
しかし私たち読者は、そうした表面上の印象に惑わされることなく物語の深層に向かって問いを重ねるべきなのだ。現象はあくまで現象にすぎず、物語の深層には、そもそも二人に「仕末」を決意させた重大な何かが紛れこんでいたとみることができる。物語そのものは、むしろその内面のドラマ、とりわけ、かず枝の内面を徹底して押し隠した、表層のみのドラマ、一種の仮面劇の様相を呈している。何よりも、「そのとき」に始まる、冒頭の一行、「いいの。あたしは、きちんと仕末いたします。はじめから覚悟していたことなのです」の一行に、彼女の内面のただならぬ気配と、それを見守る作家のひややかな視線が感じとれるのだ。
読者はまず、対話とモノローグの双方のレベルから二人の心のうちによどむ苦しみの重さを量り、上野駅で「モダン日本の探偵小説特輯号」を手にとったかず枝の心情に思いを馳せるべきである。心中と探偵小説の対比――。右に引用した冒頭の一行は、物語が語りだされる寸前に、事実の露見、ないし「認知」のドラマがあり、事実をめぐる激しいやりとりが一段落した後の静寂のなかで生まれた一行と考えるべきだろう。そのような理解に立ったときに初めて、この「道行き」のドラマは、タナトスに魅入られた主人公たちのドラマというより、一種のフロイト的な超自我(ある種の思いこみ)の生贄となって、問題の「仕末」を余儀なくされた主人公たちの宿命劇としての様相を呈しはじめるのである。それはさながらギリシャ悲劇のような静謐さを湛えている。そして最後に、「宿命劇」の重さから解放されたかず枝は、いずれ、ヴィヨンの妻と同じセリフを吐き、「宿の娘みたいに、夜寝るときは、亭主とおかみの間に蒲団ひかせて、のんびり」と安らかな眠りをむさぼるのである。この心中行において、生と死の格闘のドラマにおいて、かず枝は、死に不用意かつ執拗にのめりこもうとする嘉七を救い出す「〈生〉の象徴」(西田りか「太宰治『姥捨』試論」)そのものでもあるかのような印象を与える。
では、嘉七の嫉妬と認知のドラマはどのように決着したとみるべきなのだろうか。
嘉七は、物語の途中で、一読して不可解と思える言葉を口にする。
「なぜ、おれは嫉妬しないのだろう。やはり、おれは、自惚れやなのであろうか。(中略)細君にそむかれて、その打撃のためにのみ死んでゆく姿こそ、清純の悲しみではないか。」
嘉七=太宰にとっては、たしかに、持続しない嫉妬、化け物じみた「自惚れ」こそが問題だったのだろう。だからこそ、この「心中」の道行きを「姥捨」として一方的に意味づけることができたにちがいない。だが、初代との「仕末」を決意した太宰にとって、裏切りの「認知」は、おのれの「自惚れ」に収斂させることができるほど軽々しいものだったのだろうか。
嘉七のセリフから、彼のロジックをよく読みとってみよう。彼は、妻の不倫を許すことで「いい子」になろうとしている自分を否定し、そのじつ、「嘘つきの、なまけものの、自惚れやの、ぜいたくやの、女たらし」である自分の、一種の道化性の正当化を試みる。では、どのような正当化がなされたのか。新潟行きの夜汽車のなか、探偵小説に読みふけるかず枝をときおり横目でにらみながら、彼は夜の車窓にむかって独白する。
「私は、やっぱり歴史的使命ということを考える。自分ひとりの幸福だけでは、生きて行けない。私は、歴史的に、悪役を買おうと思った。ユダの悪が強ければ強いほど、キリストのやさしさの光が増す。私は自身を滅亡する人種だと思っていた。私の世界観がそう教えたのだ。強烈なアンチテエゼを試みた。滅亡するものの悪をエムファサイズしてみせればみせるほど、次に生れる健康の光のばねも、それだけ強くはねかえって来る、それを信じていたのだ。」(「姥捨」)
不倫の罪をおかした妻にたいする許しの説明としては、かなり奇妙であるし、一種の牽強付会にも似た不自然さ、ロジックのすり替えさえ感じられる。「キリストのやさしさの光」を、あるいは、「次に生れる健康の光」を輝かせるために「歴史的に」悪役を買ってでる。むろん、そうした理屈がわからないではない。その意味するところを好意的に解釈してみせるなら、嘉七はまさに世界悪を背負ってひとり人類の光明のために立つ、という考え方になる。では、「姥捨」にあえてそれだけの、一種の浮世離れした、一人よがりなロジックを持ちこむ理由はどこにあったのか。妻に背かれた夫が、その精神的な打撃のために死んでゆく姿こそ、「清純の悲しみ」であるとする。じつは、ここにも、嘉七=太宰の、凄絶ともいえる、道化心、マゾヒズム、そしてそのマゾヒズムに裏打ちされた鋼鉄のごとき傲慢さが見え隠れするのである。
嘉七が吐露したグノーシス主義的なキリスト理解、あるいは「ユダの福音書」におけるユダ理解にも通じる善と悪の共犯性に立った彼は、そこでもまた、自己正当化を演技する自分を発見していた。では、だれを相手にしての演技だったのか。そもそもキリストとは太宰にとっての何者だったのか。キリストは、たんなる口実ないし隠れ蓑に過ぎなかったのではないか。
伝記的事実に目を向けてみよう。小説のなかでかず枝になぞられた小山初代が画学生と姦通の罪を犯したのは、その「認知」に先立つ約半年前のことである。この時期太宰は、パビナール中毒の治療のために東京武蔵野病院に入院し、人生において初めて福音書の集中的な読書に入った(「入院中は、バイブルだけ読んでいた」)。入院中に構想された「HUMAN LOST」には、「聖書一巻によりて、日本の文学史は、かつてなき程の鮮明さをもて、はっきりと二分されている。」の一文がある。そして太宰は、マタイ伝二十八章を読み終えるのに「三年」の月日をかけたと嘯いている。(つづく)