2026年07月

2026 7/22

悲しみの太宰 9-3

 当時、太宰は、富士の無言の抑圧に耐えながら、遠からぬ過去の記憶を掘り起こそうとしていた。端的には、「姥捨」に次ぐ心中事件を題材とした小説の構想である。だが、小説の執筆は思うように捗らなかった。なぜなら、今正面から向かいあおうとしている主題と、「三〇〇枚」ほどの「長編」に仕立てたいという大真面目な意図とが微妙に乖離しあっていたからである。とはいえ、この小説によせる執念は並々ならぬものがあった。尾崎一雄宛てのはがきで彼は、その悲壮な内面を語っている。

  この小説でき上がるまでは、東京へもかへらぬ覚悟でございます。

 物語は、黒色テロリストである須々木乙彦と女給高野さちよが、帝国ホテル内で一夜の契りを結んだあと、睡眠薬による心中に及ぶ場面で幕を上げる。心中の動機は明らかではない。結果、乙彦は死に、さちよは生き残る。その後、さちよは、いったん故郷の町に連れもどされるが、途中、宿泊先でたまたま出会った劇作家の三木から金をもらい、東京にとんぼ帰りする。さちよが身を寄せたのは、女給仲間である数枝のアパートだった。その後、数枝のアパートを出たさちよは、作家の三木と同棲をはじめ、新劇団「鷗座」の女優として一躍脚光を浴びることになる。彼女の当たり役は、チェーホフ「三人姉妹」の長女役(オリガ)だった。ところが、さちよが出演する「鷗座」の公演に、過去に一度だけ顔を合わせたことのある青年がひそかに姿を見せていた。舞台上からその姿に気づいたさちよは、その青年に宛て手紙をことづける・・・・・・。
 原稿用紙にして一〇〇枚強の未完の小説ながら、作品から受ける印象は、太宰のものとは思えないほど淀みがなく、テンポも驚くばかりにゆったりと弛緩している。太宰は、本能の赴くままに筆をとるというより、みずからが設定したある明確なテーマに律儀に従おうとしていた。たとえば、小説の冒頭には、「序編には、女優高野幸代の女優に至る以前を認す」とあり、そうした枝葉の部分を膨らませることで、「長編」の名を貶めない、一定のボリュームを獲得しようと計算していたことが窺える。しかし当時の彼に、そうした枝葉の部分まで書ききるだけの精神的な持続力が欠けていた。長部は、小説が未完に終わった理由を次のように分析している。

  純文学というには結晶度が著しく不足し、娯楽小説というには甚だ観念性が強い。いかにもどっちつかずの中途半端な出来で先行きの展望が開けないのに、自分でも気がついたからこそ、書きつづけることができなかったのであろう。(長部日出雄・前掲書)

 長編作家として、菊池寛のような成功を手にしたいという野心とはうらはらに、太宰は、根源的とも呼ぶにふさわしい壁にぶちあたっていた。何よりも、彼は、「火の鳥」のタイトルに象徴される希望の提示という目論見そのものに挫折しかかっていたのである。
 先ほども述べたように、「火の鳥」第一章には、田部シメ子との最初の心中未遂事件のディテールが部分的に書き留められている。一九三〇年十一月、小山初代との結納から四日後、彼は、銀座のバー「ホリウッド」の女給シメ子と鎌倉七里ヶ浜でカルモチン自殺を図った。太宰は一命をとりとめたものの、シメ子は還らぬ人となった。
 帝国ホテルと七里ヶ浜では、状況がまるで異なる。だが、シメ子との心中事件をモデルとしたことで、「黒色テロリスト」乙彦の胸のうちのわだかまりが透けて見えてくる。当時、東京帝国大学文学部仏文科に入ったばかりの太宰は、学業を捨てて共産党のシンパ活動に没頭していた。加藤典洋によれば、同じ年の一月、太宰の母校、旧制弘前高校の左翼分子が摘発され、太宰本人は、親の政治力もあって放校を免れた。シンパ活動への参加という背景には、この事実に起因する自責の念があったという。太宰は、「火の鳥」をとおして、心中事件の隠された動機をそのように提示しようとしていた。これは、彼にとって切実な「免罪符」だったのだ。(つづく)

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